職場で起きるトラブルの多くは、「言った/言わない」ではなく、もっと静かなところで生まれている気がする。
最近、自分の中でそれを “沈黙コスト” と呼ぶようになった。
表向きは平穏でも、
・言わないほうが楽だから黙る
・言っても変わらないと思うから黙る
・余計な摩擦を避けたいから黙る
そんな沈黙に積もっていく疲労が、じわじわ心を削っているのではないかと思う。
■ 「黙っておく」は最適解に見えて、実は消耗戦の開始
言葉を飲み込むのは、短期的には一番効率がいい。
しかし、飲み込んだ言葉を消化してくれる“仕組み”は存在しない。
後になって胸焼けのように戻ってくるだけだ。
・気になることがあっても流す
・理不尽に遭遇しても、まあいいかで済ませる
・間違いがあっても指摘せず、自分で調整して終わらせる
これらは全部、「短期効率のために長期コストを先送りする行為」だ。
気づけば、体力より先に 心のほうが摩耗している。
■ 沈黙が続くと、思考習慣が変わってしまう
沈黙を重ねていくと、だんだん “相手に合わせる前提で考える癖” が身についてしまう。
自分の意見や希望を出す前に、
「どうせ通らない」「まあ、いいか」が先に出てくる。
これは厄介で、
意見の質が下がるのではなく、
“意見を持つこと自体が減る” のだ。
これは、思っている以上に危険な変化だと思う。
■ 発言の正解を狙うのではなく、「小さな主張」でいい
大きな主張をする必要はない。
正義を語る必要もない。
何かを変えようと頑張る必要もない。
ただ、
それは少し違うと思う
ここはこうしたほうがよさそう
この部分は不安なので確認したい
という、“小さな主張” を忘れないだけで、沈黙コストは減る。
仕事は戦争でもゲームでもない。
しかし、主張しない状態が続くと、いつのまにか 自分のフィールドで戦えない体 になってしまう。
■ 仕事の上手さは、沈黙と発言のメリハリで決まるのかもしれない
最近思うのは、
仕事の上手さはスキルよりも、
「黙るべきところと、言うべきところの見極め」 で決まる部分が大きいということ。
・必要のない衝突は避ける
・必要な指摘は遠慮なくする
・疲れているときは反応を遅らせる
・混乱しているときはあえて質問を増やす
このメリハリがあるだけで、不思議と仕事は混乱しにくくなる。
■ まとめ:沈黙は平和ではなく、コストである
沈黙は楽だ。
けれど、沈黙にはコストがある。
そのコストは、
数時間後ではなく、数週間後の自分に請求される。
だから私は、
完全な沈黙でもなく、全面戦争でもなく、
“必要最低限の声を出す” という選択を続けたいと思っている。
おそらくそれが、
心を摩耗させずに働き続けるための、
いちばん現実的な距離感なのだろう。

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